[本棚]――[書籍]――[第57回]――[武道初心集]

教育社の新書なんですが……教育社の新書は何処にISBNが記載されているか分かりません(´・ω・)





大道寺友山によって著作である中下級武士子弟のための武士道入門書です。


冒頭から「死」について論じられているあたりが……流石かと思います、感興を催されました。
大道寺氏が生きていた時代は武士の存在を疑問視されるような時代だったようです。
というのは、恐らくは、ちょうど正に慶安の變が起きた時代ですから文治政治への転換期だったのでしょう。
大道寺氏自身も、「治世」と書き表されておられたかと思います。

その世の中では武士はもはや變事でもない限り戦うことがなく、「死」を忘れてしまった。
武士たる者常に「死」を意識すべきで、治世の今となっては明日は命を無きものと思い奉公せよ――というのが大道寺氏の弁と見受けられました。
……良いですね(´∀`)
何時死ぬか分からぬ世のつもりで、常に最期の覚悟をもって、人と接し、実務をこなす……
可能性は比にならないでしょうが、戦などなくても事故や病死があり得る譯ですから、今の世にも当てはまる筈なのですが……
現代は「死」に触れられる機会がなくなり、またそれ自体隠蔽される嫌いがあるので、忘れがちになっているのでしょうね。
常に「死」と隣り合わせであることと直視することが如何に重要な意義を持つか再認識しました。
「どうせ何時か死ぬんだから」と思って死を待つという受動的な態度は超人に及ばぬ畜群の態度にしか過ぎません。


以上が冒頭の一章な譯ですが、他にも陰口を叩くな、とか、伝統を軽視するな、とかいう趣旨のがありました。


総括すると、なんといいましょうか……自分の精神力がひ弱過ぎると思いました。
忍耐・誠実・仁義……足りなさ過ぎますね。
一つ一つのことに感情を動かされて口に出すのが愚直に過ぎないのではないか、と。
(´-`).。oO(人の居ないところで、惡口を叩くなど低俗な人間がする行為で……)
更には、個人主義に則り過ぎた感がありました。
誠実さを欠いて、出しゃばり過ぎることはやめます。
能力がない人間に個性なんて要りません……orz

結論として、自分の精神は不浄さを知った譯ですね。
今現在、自分は文字通り浪(牢)人している譯ですから、何時か仕える身となるためにも、文武ともに怠ることなく精進せねばなりません。
健全なる精神は健全なる魂に宿る。