9月13日の行動記録


10時に名駅で待ち合わせで、久々の再会でした……とはいっても、5ヶ月ぶりくらいですけど(笑。
相変わらず、彼も全く変わってないようでした。


今日は名鉄に乗って↓のようなところに行きました。

犬山城です。
意外と知られていないようですが、国宝らしいです(実際に、傷つけた場合は賠償金を請求する、というような注意書きも城にありました)。
位置的には、本当にちょっとした山の上にあるという感じでした(山城と呼んで良いのでしょうか?)。
ですから、駅からも距離があった上にちょっとした山登りでしたので、行くまでに結構疲れました。
攻めずらい城と言えるでしょうね、城塞値が高そうです(違。



小さくてよく分かりにくいですが両方とも白いプレートに「贈日南市」と書いてあります。
日南市というと、九州の宮崎県にあります。
それが愛知の犬山城と繋がりがあったとは意外です(血縁の方が日南の方に行ったとか……?よく覚えてまs(ry)。
とりあえず、飫肥城と若干関係があるっぽいようなことを書いてました。
同県に一時期住んでいたにもかかわらず、「飫肥=オビ」という読み方を知りませんでしたけどね(ぉ。


これまた見にくいですが、右上のプレートに「石落しの間」と書いてあります。
説明からすると、ここから下から攻め入る敵兵に向かって石を落としたそうです。
フハハハ、ラクセキラクセキ〜(゜∀゜)!

……しかし、何時も疑問に思うのは、どうやってあのような手頃の岩を調達してくるのか、ということです。
特に犬山城は上下を行き来する階段が非常に狭く、とても殺傷力があるくらいの岩を4階(くらいだったはずですが)まで持ち運べるとは思えません。
後、霹靂車……つまり投石車とかは、岩も戦争中に持参していくものなのでしょうかね?現地調達ですか?



なんと犬山城の一番上まで昇れます。
それで、それがその一番上から撮った風景です。
ちなみにかなり風が強く、また手摺なんてあってないようなもので、悪ふざけを少しでもしたら死ねるような場所で怖かったです。
友人にも、「来年も失敗したら、ここから手軽に飛び降り自殺できるぞ」と揶揄されました( ´д∩

前述にもありますが、本当に犬山城は天辺まで昇る階段が急です。
誇張表現かもしれませんが、一番急なものは普通に地面水平方向に対して70°くらいの角をなしているのではないかと……。
そういう訳で、城を上り下りするのが非常に怖かったです。
昔の方はこんなところを平気で行き来していたのかと思うと……自分が如何に小心者か分からされます_| ̄|○



城の周りの風景ですが……
やはりこういう類の風景が一番好きですね(´∀`)
こういう風景を見れる日本に生まれて良かった、とつい思ってしまいます。


――


で、これだけならば普通の旅行で良かったのですが……如何せん、この友人もまたクオリティが高い方でして。
万博真っ最中の愛知に、宿のを予約しないでいらっしゃいました_| ̄|○
ですから、犬山城の後、JR高島屋に寄った後に、一緒に宿を探すハメになりました。
まずは名古屋駅周辺を10件以上あたったのですが、言うまでもなく、何処も満室でした。
あの辺は、以前もちらっと言いましたが、名駅周辺はちょっとそっち系のお店が多く、それと並列してホテルが立っている感じでして……
その友人がそれと気づかずにいかがわしいホテルに入ろうとしていたので、ちょっと焦りました(笑。
それにしても、昼間っからあそこらへんはキャッチの人がウロウロしていて怖いですね(´Д`;)
それから、どんどん名古屋を離れて、一宮に行きましたが満室で、とうとう県を越えて岐阜まで行きました。
が、当然の如く見つからずでした。
そういう訳で、初めて岐阜――清春さんの生誕地に訪れてしまいました。
岐阜は夜は明るい建物が少なく、結果として街全体が暗く寂しいイメージに感じてしまいました。
勿論、昼時に行けば印象は変わるのでしょうが……というよりも、昼間に行きたかったです、どうせなら_| ̄|○
彼も野宿は嫌だということでしたので、最終手段で漫画喫茶ということになり……
マンガ喫茶が手頃に見当たらなければ予定を早めて帰るということになりました。
そこで、何度か某集いで栄に行った事がある自分は、そこにマンガ喫茶があったようなことを思い出したので、岐阜から名古屋まで戻りました。
自分の記憶どおりにそこにありましたので、彼と夕食を松屋で取って解散してきたところです。

……これだけ、彼の宿の件で振り回されたので、彼が当然の如く夕食は奢ってくれました(笑。
本当に、宿探しだけで名古屋と岐阜を往復したりして、4時間も潰すとは思ってませんでしたよ。



明日は万博の予定です。