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ISBN:4062582082


知の教科書 フーコーの画像
知の教科書 フーコー
桜井 哲夫


フーコーについて平易なレベルでご教授して頂ける本のようです。


フーコーについては殆ど知らなかったのですが……
まず何よりも驚いたのがフーコーが同性愛者だったということです。
プラトンもそうではなかとかったのだろうかいう話はありますが、矢張り驚いてはしまうものですね……。
しかし、そのままエイズでこの世の人でなくなってしまうというのは、世間の同性愛のイメージの紋切型に適合してしまってますね……(´Д`;)

誤認していた部分は、例えば「パノプティコン」はフーコーが生み出した言葉だとばかり思っていましたが、ベンサムによって既に生み出された言葉なのですね。
そして実在するものとばかり思ってましたが、構想で終わっていたものだというのも初耳でした。
更には「阿呆船」のエピソードも強烈でした。
実在したかどうかは不明とのことですが……。

アルケオロジー(考古学)なんかはなかなか興味深い部分ですね。
従来の歴史がまるで誰か一人が歴史を動かしたようにみなしていることに物議を醸し出した訳ですね。
或る方の書物に拠れば、歴史に「天才」が出現する条件は、天賦の才能を有する人物だけではなく、その人を熱狂的に支持する無名な多数の人間が必要、とあったと記憶してます。
確かに、これは意外と見落としがちな事実ですよね。
そこにきちんと認めてくれる人が居なければ、どんなに才能はあろうと、その才能は活かされることはないでしょうから……。
小学校の頃に同級生と
安土城を建てたのは誰か?」
という答えは
織田信長
なんかではなく
「(大勢の無名の)大工」
ではないかと文句をつけていたのも、強ち間違いではないのかもしれませんね(笑。
また、フーコーのある人物の行動・箴言はその背景も必ず考慮せねばならない、というのもまた面白い点ではないでしょうか。
自分が不勉強ゆえ身近な具体例は思いつけませんが……(汗。

ディシプリンも面白いですね。
幼稚園、小学校〜高校、で我々が先生(権力者)から受ける拘束力というのは、工場・軍隊で働かせるための準備であって……
それから外れようとすると、精神病院もしくは刑務所への可能性を示唆される、とのことです。
個人的解釈ですが、要は社会に適合出来ない(=国の役に立たない)人間を差別し、被差別部落を作っておくということではないのでしょうか。
例えば、近年、NEETという名前が英国で創られ、それが日本で都合の良いように解釈されて用いられていますが、それによって働かない人を差別するそれらしい用語を持ちえた訳です。
実際に、ニートという言葉は数年前までなかったのに、某巨大板と相まって、こんにちは誰でも理解出来る言葉となってます。
言葉を借りれば、我々は貧困からは縛られなくなったが、消費から縛られるようになったということです。
日本は昔は貧困していた人を差別していましたが、現在は経済活動をしない人に摩り替わっただけです。
……ここら辺に暗に不要な人間を排除しようとする国の意図が密かなる意図が読み取れるかどうか(何。

と、多分、NEETの自分が現時点で幾ら語っても仕方ないので、現在の社会ルールに則って頑張らねばですが(´・ω・)



非常に痛快で同意できることも多いのですが、同様に、疑問点・反論したい部分も結構あります。
数世紀前から性について沙汰されることが多くなったそうですが……性教育というものが出来てきたそうです。
また、例えば、ポルノ雑誌なんかは、性交渉を促し、子供を増やし人口を増やすためだそうです、人口増加率が停滞してきた国の策略による。
確かに、そう仰られれば、日本には国が認める風俗店が以前はあったように記憶はしていますが……(名前は失念してしまいました)

フーコー自体が同性愛者だから故でしょうか、そういう手の話も結構多いです(´・ω・)

そういう時に何時も空想してしまうのですが、矢張り此の世の中に性別は不要ですよね。
それを創った神というものがいらっしゃれば、その方が犯した過ちにすら感じてしまいます。
自分は同性愛者という訳ではないですが、一個人を性別という判断基準を抜きにして正しく査定出来る人の如何に少ないことか、とは思ってはいます(無自分もその一人なのですが)。
真個にその人の個性を愛することが出来れば、どれだけ平等な世の中になることでしょうか……